水生昆虫の仲間
水生昆虫には多くの種類がいて、それぞれが好む環境は水辺の環境や水質に依存し、また、その生活史と水との関わり方もいろいろです。
水生昆虫は河川の水質や環境に敏感な種も多く、どんな水生昆虫がいるのかわかれば、水質をはじめとしたいろんな河川環境を知る手がかりになります。
多くの種類を見ることができる環境も残されていますが、彼らの生息環境は総じて河川改修や圃場整備などでどんどん改変され続けており、
農薬が使われる環境では生息することができないことからも、他の水生生物と同様に水生昆虫を取り巻く状況は決して良いとは言えないと思います。
ここでは比較的よく見られる代表的な種類を紹介します。
・タイコウチ
・ミズカマキリ
・コオイムシ
・タガメ
・マツモムシ
・ゲンゴロウの仲間
・ガムシの仲間
・アメンボの仲間
・ミズスマシの仲間
・ヤゴの仲間(トンボの幼虫)
・カゲロウの仲間(幼虫)
・カワゲラの仲間(幼虫)
・トビケラの仲間(幼虫)
・ヘビトンボの仲間(幼虫)
・ドロムシの仲間(幼虫)
・ゲンゴロウの仲間(幼虫)
タイコウチ
流れの緩やかな水路、ため池、田んぼなど、比較的浅いところに生息する。郊外の田んぼ周辺などではまだ見ることができ、比較的見つけやすい種だ。
前脚を交互に動かしながら泳ぐ様子が太鼓を打っているように見えることから、この名がついたそうだ。
体は細長くぺちゃんこで、体の後端から呼吸管が長く伸びている呼吸管は2本から構成され、その間に空気が通るようになっている。
前脚は太く鎌状になっており、動く獲物をがっしりと捕まえるのに適している。
浅い場所で水草や小枝に下向きにつかまり、呼吸管の先端を水面から出して獲物を待ちかまえている姿は、水中のサソリといったところ。
水田では、体中に泥をうっすらかぶって水底に紛れるようにしていることもあり、その姿はまるで忍者のようだ。
小魚やオタマジャクシ、ボウフラなどが近づくと強力な前脚で捕らえ、伸びた口を突き刺して体外消化で溶かした肉を吸う。
捕まえると前脚をまっすぐに伸ばして棒のようになり死んだフリをして動かなくなる。
体長は3.5cm程度でそれとほぼ同じくらいの呼吸管をもつ。
ミズカマキリ
流れの緩やかな河川、水路の岸近く、ため池、田んぼで見られ、タイコウチよりもやや深いところに生息する。
でっかいアメンボがタモ網に入った!と思ったら、本種であることが多い。
長い前脚、円筒形のスレンダーな体形などカマキリに似ていることから、この名がついたのだろう。
前脚の鎌を広げ、じーっと獲物を待つ様子はまさにカマキリであり、周囲の枯れ枝などに姿が紛れこみ、なかなか区別することができない。
水草などがたくさんある場所を好み、水面に突き出た木や水草などにつかまって、
体の後端にある長い呼吸管を水面から出し、斜め下を向いてエサを待ち伏せていることが多い。
小魚やオタマジャクシ、ボウフラなどを前脚で素早く捕らえ、消化液を細いストローのような口から送り込んで体外消化で溶かした肉を吸う。
飛翔性向が強く、越冬場所と生活、繁殖の場所を使い分けながら普段から大きく移動していると思われる。
タイコウチ同様に本種も捕まえると、全ての脚をピーンと伸ばし枯れ枝のようになって死んだふりをする。
泳ぎは意外と上手で、素早くはないが水をかき分けるように脚を動かしてスイスイと進む。体長は5cm程度でそれより長い呼吸管をもつ。
コオイムシ
田んぼ、水路、河川の中下流域の流れの緩やかな水辺に見られる。体は扁平で上から見ると卵のような形をしている。
前脚で獲物を捕らえるが、先述のタイコウチやミズカマキリほど前脚は長くなくコンパクト。
オタマジャクシやボウフラなどを捕らえ、細い口で体液を吸う。体後端には出し入れのできる短い呼吸管があり、これを水面に出して呼吸している。
春から夏にかけての交尾の後、メスはオスの背中に卵を産み付け、孵化するまでの間オスは卵をおんぶして守る。
メスはだらだらと産卵をするようで、オスは複数のメスと交尾し、より多くの卵を背負おうとするらしい。
その卵が孵化するまでの数週間、オスは飛ぶこともできず、水面に近い場所で背中の卵を空気にさらして過ごす。
主に夜に活動し、昼間などは水草の陰でじっとしている。ミズカマキリなどと比べると、泳ぎは得意なようだ。
全長は2cm程度である。
タガメ
田んぼに住むカメムシの仲間だから「タガメ」。成虫の体長は6cmくらいになり水生昆虫の中では日本最大だ。
今では実際に見たことがある人はほとんどいないと思うが、ゲンゴロウと並んで最も名前の知られた水生昆虫のひとつだろう。
成虫は褐色で前脚が鎌の様な形状で太くその先に鋭いツメがある。後脚は平たく泳ぐのに適している。
普段は呼吸管を体後端から水面に出し、草や杭などにつかまって、前脚を大きく広げた状態で獲物であるカエルや小魚を待ち伏せている。
獲物を追うことはなくあくまで待ち伏せ型だ。
その近くを獲物が通ると前脚で挟み込むように捕獲し、尖った針のような口先を獲物に突き刺して体外消化した体液を吸う。
そんなどう猛なハンターであるが、オスは杭や稲の茎などに産み付けられた卵を甲斐甲斐しく保護する性質がある。
繁殖期は何度も異なるペアで交尾するが、メスは交尾したオスが卵を守っている場合、その卵を殺して自分の卵を産む「子殺し」をするそうだ。
オスは一回り大きなメスに抵抗できないという。うむ、メスは怖い・・・。写真は夏の水田で捕った一齢幼虫。
水面をボーっと眺めていたら、オタマジャクシから変態し終わったばかりと思われる子カエルを放すまいと必死に抱えて目の前に現れてくれた。
複数匹を確認できたので、この水田で産まれ孵化した個体だと思われる。5回の脱皮を経て40~50日で成虫になるそうだ。
水田、用水路、ため池などの人工的な環境にも生息しているが、農薬などの影響で随分と数を減らしている。
マツモムシ
田んぼ、水溜まり、用水路などの水草が繁茂するところで多く見られる。腹面を上に向け、水面直下に浮かんでいる。
まるで背泳ぎのようなこの格好は、水面に尾端を出して取り入れた空気が毛に覆われた腹のくぼみにためられるためで、自然と腹面が上に向くからだ。
オールの様な脚を前後に動かして移動する様子が特徴的で、水面に落ちてきた虫などの体液を吸う。
このオールの様な後脚は遊泳毛が生えていて効率よく水がかけるようになっている。前方の脚は短く、エサを捕らえるのに使う。
体の後部には細かな感覚毛があり、微細な水の振動を感じることができるようになっている。これで獲物の位置をキャッチし、浮き上がるようにして捕らえる。
全長は1.5cm程度と小柄であるが、安易に手で掴むと簡単に刺されてしまう。これがハチに刺されたような感じでかなり痛い。
冬には群れて越冬している姿をみかける。
ゲンゴロウの仲間
ゲンゴロウの仲間は日本に100種類ほどいるという。田んぼやため池、水溜まりなどの止水域や河川で見られる。
円くツルツルした流線型の体に、水かきをするためのブラシ状の毛が生えた長い後脚をもつ。鞘翅と腹部の間に空気をためて呼吸し、水中を活発に泳ぎ回る。
主に小魚や小動物を食べる肉食性。ゲンゴロウの仲間は水田の周囲に多いが、農薬に弱く、近年の圃場整備により幼虫がサナギになれないこと、
農地改変でエサが減少することなどにより減少している。
写真は琵琶湖湖畔で捕ったハイイロゲンゴロウ(雌)。水面から直接飛ぶことができる得意技の持ち主だ。
新しい水溜まりがあると最初に現れるパイオニア種なんだそうで、都市部でもまだ比較的よく見られる種である。
ガムシの仲間
ガムシの仲間は日本に100種類ほどいるそうだ。池や沼、水田などの止水域で見られる。
外見はゲンゴロウの仲間に似ているが、ゲンゴロウの仲間が背・腹側ともに丸みを帯びているのに対して、ガムシの仲間の腹側は平ら。
ゲンゴロウと異なり泳ぎは下手で、水草などにつかまったり、水中を伝うようにして歩くことが多い。
泳ぐときは足をバタバタさせてもがいているようにさえ見える。
呼吸は触覚を水から出して空気を取り込み、それを腹部に生えている細かい毛にためて行う。
従って水中ではためている空気に光が反射して腹部が銀色に光って見える。水草や小動物を食べる雑食性。
写真はガムシと思われる個体。夏の田んぼの脇の水溜まりでタイコウチやコオイムシなどと一緒にたくさん確認できた。
アメンボの仲間
池、水溜まり、流れの緩やかな水路など、あらゆる水面で生活するお馴染みの昆虫。
体長は1.5cm程度で、主に開けた場所を好んで生息し、たいがい群れをなしている。臭腺から飴のような甘い臭いを出すから「飴ん棒」となったそうだ。
6本ある脚のうち特に中脚と後脚が長く、それらを伸ばして水上に浮かび、中足で水面を蹴ってスイスイと水面を滑るようにして移動する。
そのため古くから「水馬」とか「ミズスマシ」の名で歌に詠まれてきた。
水面に浮かべるのは、脚に細かな毛が密生していてそこに体から分泌される油分を付け、表面張力を使っているからだ。
従って石けん水など界面活性剤が含まれた液体では浮かぶことができない。
脚はセンサにもなっていて、水面に起こる振動を感知し、エサとなる落っこちた虫の居場所を知ることができる。
水面に浮かんだ腐敗した魚に群がっている姿もよく見られる。
写真は春の水溜りで撮影した個体。繁殖期は初夏らしいが、気の早い雄が雌に乗っかってるというか、しがみついている・・・。
ミズスマシの仲間
ため池や田んぼ、河川の止水などの水面をクルクルとせわしなく泳いでいる。ミズスマシは体長1cmに満たない小さな昆虫で、体は黒く楕円形で光沢がある。
前脚は細長く、中脚と後脚は極めて短く、水面に浮かんでいるときは見えない。
この中脚と後脚がオールのようになっていてこれらを素早く動かして泳いでいる。
複眼は他の昆虫と同様に左右に二つあるが、それぞれ上下に二分され水中と陸上を同時に見ることができる。
落下昆虫などを食べているが、水面をせわしく泳ぐのはそれによって生じた波で獲物を感知するためだそうだ。写真は山間の川の水溜まりで見付けた個体。
水面に浮かぶ写真を撮りたかったがあまりに早くトリッキーに泳ぐので断念して、手の上を歩いているところをパチリ。
ヤゴの仲間(トンボの幼虫)
言わずと知れたトンボの幼虫であり、山間の渓流から平野部の田んぼ、湿地帯、用水路や河川など、種類によって様々な場所にに生息する。
住宅街の池やプールにも見られる。池や沼のふち、流れの緩やかな水路の水草の周囲などをタモ網などで探ると網に入る。
体形は種類により、写真のような円筒状のものから平べったいもの、長い棒状のものまで様々で、
ヤゴである期間も種類により数週間から数年までいろいろある。プランクトンや水生昆虫、小魚などを食す肉食性。
写真のようなタイプ(トンボ亜目)では、普段は下あごが折り畳まれている構造で、補食する場合は獲物めがけて瞬時に下あごを伸ばして挟み込み、
離れた距離にいる獲物を捕らえることができる。また、呼吸は腸内の鰓を使い、肛門から水を吸い込んで肛門から水を出している。
その仕組みを使って肛門から水を吐き出すジェット推進の要領で水中を素早く移動することができる。
外で飼育しているメダカが急に少なくなったことがあり、睡蓮鉢をくまなく調べるとその犯人はヤゴだったことがある。
小魚の立場からするとどう猛な天敵のひとつだろう。
カゲロウの仲間(幼虫)
カゲロウは翅をもつ陸生昆虫であるが、幼虫の時代を水の中で過ごす。
日本には100種以上が生息し、河川や湖沼などいろんな場所にすみ分けている。
カゲロウが他の昆虫と異なる点は亜成虫と呼ばれる時代があること。
幼虫が羽化した後、もう一度脱皮して成虫になるまでの数時間から1日ぐらいの期間をいう。
主に春から夏にかけて羽化するため、幼虫を見るのは幼虫が大きくなった冬から春の間がわかりやすい。
ちなみにアリジゴクの成虫であるウスバカゲロウは、同じカゲロウと名が付くが全く別の昆虫グループだ。
写真はナミヒラタカゲロウの幼虫と思われる個体。写真からはわかりにくいが、尾は2本で頭部に2つの白斑がある。
主に河川の上流から中流域の流れの早い瀬に生息する、ごく普通に見られる種だ。
平たい体をしていて石の表面を滑るように移動する。石の表面の藻類を食べている。
カワゲラの仲間(幼虫)
カワゲラも翅をもつ陸生昆虫であるが、幼虫は水中で生活する。
カワゲラの仲間は日本に150種類以上いて、成虫と幼虫の関係がわかっているのは50種類あまりだそうだ。今でも世界で新種発見が続いている。
水質環境に敏感な種が多く、河川の上流や渓流部の水がきれいなところにいて、大きな石の裏や落ち葉の下などにいる。
幼虫は肉食で小さな水生昆虫を食している。
写真はオオヤマカワゲラの幼虫。カワゲラの中では比較的よく見かける種で、河川上流部の瀬にあるゴロゴロした大きな石の裏などを這い回っている。大型のカ
ワゲラで、成虫になるまで3年を要し成熟すると3cm以上になる。初夏に川岸の大きな石に上って羽化する。
本種の体にはまるで人がデザインしたような複雑模様があり、芸術家としての自然のすごさを感じる。
トビケラの仲間(幼虫)
トビケラも翅をもつガのような陸生昆虫であるが、幼虫は川や湖沼などの水中で生活する。
トビケラの仲間は日本に500種類以上と推定されているが、成虫と幼虫の関係がわかっているのは約80種類だそうで、
カワゲラ同様にまだまだよく知られていない昆虫グループのひとつだ。
幼虫はイモムシのような形をしていて、口から糸をはいて、小石や砂粒などで筒状の巣をつくる種類が多い。水中のミノムシといったところだろうか。
写真はヒゲナガカワトビケラと思われる幼虫。
水がややきれいな川の中流の瀬によく見られ、全長4cmほどになる大型種だ。
大きな石の隙間に小石で巣をつくり、流化してくる落ち葉の破片や藻類などを食べている。
川底の礫間で生活しているため、礫の隙間を目詰まりさせてしまう泥の流入があると、致命的な影響を受けるそうだ。
ヘビトンボの仲間(幼虫)
ヘビトンボの幼虫は河川のきれいさを表す生物指標とされ、河川上流から中流の石の下などに生息している。
体長は7cm程度。捕まえると丸くくるまる。頭は赤褐色で大きなあごをもち、かまれると痛い。
胸部には三対の足があり腹の節には鰓足がついている独特の風貌の持ち主だ。
夜行性で大きなあごを使って水生昆虫を食べる。その強い肉食性からヘビトンボの幼虫がいると他の水生昆虫がいなくなるとも言われるほど。
実際本種が確認できるところはあまりカゲロウの幼虫などが見られない。幼虫期間は2~3年と長く、終齢幼虫は春から初夏にかけて蛹化し成虫になる。
蛹化は土中で行われ、成虫は雑木林などを飛び回りクヌギなどの樹液を吸う。
そのような生態から、成虫のための樹林地、幼虫のための水質や浮石環境、蛹化のための土壌などが必要で、河川周辺環境の影響を受けやすいとされる。
ちなみに古来より、子供の疳の薬や大人の強精薬として珍重されてきた孫太郎虫とは、ヘビトンボの幼虫のことだ。
ドロムシの仲間(幼虫)
成虫はカナブンのような甲虫の仲間で、水辺の植物や草陰にいる。
その幼虫は円盤のような形をしており、流れの早い瀬の石の表面にくっついて、表面についた藻類などを食べて生活している。全長は1cm程度と小さい。
写真はヒラタドロムシの幼虫。その形から英語では、water pennyと呼ばれているそうだ。
川の中に入っていると、知らない間に長靴の表面にくっついていることも多い。
音も立てずスーッと這う姿が何とも気持ち悪いが、穴を開けられるわけでもなく、噛み付くわけでもない。
雰囲気から想像するに原始的な昆虫なのだろうか・・・。
ゲンゴロウの仲間(幼虫)
ゲ
ンゴロウの仲間の幼虫は、完全な水中生活者。
体は細長い紡錘形で、鎌の形をした鋭いあごをもっている。脚は細く、遊泳毛が生えていて、よく泳ぎ回る。
小魚やヤゴなどを貪欲に食べて成長し、やがて上陸して、土にもぐって蛹になる。
写真は夏の水田で捕まえたハイイロゲンゴロウの幼虫。ゲンゴロウ類は住処がコンクリート化されると、土にもぐることができないので成虫になれない。
しかしハイイロゲンゴロウは、そのような場所でもコンクリートに堆積したわずかな土にもぐって蛹になることができる。
なるほど、都市環境でも見かけるわけだ。