守って欲しいモラル

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モラルを守って魚捕り 魚捕りをする方には是非守って欲しい倫理観や配慮があります。
いつまでも多種多様な魚たちが生息できる豊かな水辺であるように、いつまでも魚捕りが楽しめる水辺であるように。

捕りすぎない
安易に持ち帰らない
生息地を荒らさない
生息地を公開しない
安易に放流しない
買わない

捕りすぎない

たくさん捕れましたが・・・ 生き物の捕獲量は必要範囲内にすべきです。 生息環境が悪化し、すでに個体数が大きく減少している一部の種に関しては、特に配慮すべき項目でしょう。
水辺にいると、多数のモンドリをしかけたり、禁止されているところで投網を投げたりして、特定の魚種のみを大量に捕る姿を見かけることがあります。 いわゆる「トリコ」と呼ばれる商業ベースで採集する人たちや、一部のマニアによる行為です。 特にトリコの存在は、希少性の高い淡水魚の売買がその背景にあります。 買う人がいて「売れる」から乱獲されてしまいます。トリコは対象生物をお金としか見ることができません。 彼らは転々と場所を変え、バキュームで水ごと吸い込むなど、その地域に生息している「狙いの魚」をゴッソリともっていってしまいまうことがあります。 捕られた魚たちは、袋やケースに過密に詰め込まれ、搬送途中や店頭に売られるまでの保管の最中で、死ぬものも大量にいると推測します。 病気にかかったものや元気のないものは商品にならないので当然捨てられ、一部の健康な魚のみが高価な値札を付けられ店頭で販売されます。
このような乱獲が問題なのは、その地域での資源量を考慮せず、捕り尽くしてしまうことです。 特に淡水魚は限られた区域のみで生息しているため、その地域で乱獲されてしまうと大きく影響を受けてしまいます。 好適な環境さえあればすぐに増えますが、生息数がごく少ないと回復に時間がかかったり、 少しの環境変化があるだけで全くいなったりすることもあります。 当然、その場所での希少性の高い魚種ほど、「捕りすぎ」に対する影響が大きいことは言うまでもありません。 趣味で行う範囲では、捕り尽くすことなど通常はできないですが、資源量に配慮した魚捕りを行い、 必要以上に捕り過ぎないこと、場合によっては採捕を慎むことも心に留めておくべきです。

安易に持ち帰らない

持って帰って大丈夫? 生き物を安易に持ち帰ると、後で困る場合が多いようです。上の「捕りすぎない」とも関連しますが、持ち帰る数は必要最小な量にするべきです。 子供と一緒に魚捕りをした場合、子供は自分が捕った魚を全て持ち帰りたがりますが、そこは言い聞かせないといけません。
特に飼育目的で持ち帰る場合には「飼育には責任が伴う」ことを十分に認識すべきです。 飽きてしまったからとか、大きくなって飼いきれなくなったからなどの理由で、途中で簡単に飼育を放棄すべきではありません。 後述しますが、一度飼育した魚を採捕場所に再放流することもすべきではありません。
捕獲したメダカやタナゴなどを大量に持ち帰る姿を見たことがありますが、いったい何のためにそんなに大量に持ち帰るのか疑問に思いました。 個人宅の狭い水槽でところ狭しと泳いでいる魚たちを見たこともありますが、いったい何のためにそこまでの数が必要なのかと首を傾げました。 大好きな魚だから多くの魚たちに囲まれて生活したいのでしょうか、 それとも、次に行ったときに捕れなかったら困るので多くの魚をストックするのでしょうか。
過密飼育をすると、水質が悪化しやすくなり、魚たちも自由なスペースが少なくなるのでストレスがたまります。 水換え頻度も増加し、健康に飼育することが難しくなります。 家に持ち帰り、「ちょっと多すぎた」と気づいた時はもう遅く、どこかにやりたくなるけど、もらってくれる人もなく、放流はすべきではない・・・ 結局、かわいそうなことに、難しい過密飼育をするか、飼育している肉食魚のエサとするか、生ゴミとして処分するしかないのです。 大事にしようと思って持ち帰ってきた魚たちが、このような扱いをされると残念です。 持ち帰るときは最後まで責任をもてるか何度も自問すること。自分で飼育できる範囲内の個体数に限ること。迷ったら持ち帰らないこと。 安易に持ち帰るべきではありません。

生息地の環境をむやみに荒らさない

ガサガサにはご注意 水辺の生き物にとって、生活の場である生息地環境がとても大切であることは言うまでもありません。 魚捕りをする場合、その手段によっては大切な生息地を破壊してしまうことがあります。
ガサガサは周囲を足でかき回して、そこに隠れている魚たちを構えた網に追い込みます。水際の草は根元からなぎ倒され、水草は土から掘り返され流されます。 石の隙間に隠れいている魚を捕るために石を起こしたり、砂に潜っている魚をとるために、周囲の砂ごとすくうこともあります。 水草の周囲、石の隙間、水底は、産卵場所や稚魚のゆりかごとなっている場合も多く、魚たちからそれらの貴重な場所をを奪うことにもなります。 草についている卵や底砂に埋められた卵は流され、石の裏に産みつけられた卵はむき出しになり、容易に食べられてしまいます。
生き物は互いに関連し合いながら生活していますが、繁殖を二枚貝に依存するタナゴやヒガイの仲間にとって、 十分な量の二枚貝の存在はその地での存続そのものに関連する大問題です。 二枚貝は動きが極めてゆっくりで、見つけることさえできれば簡単に捕ることができます。 タナゴの産卵用として、観賞魚店で売られていることも多い二枚貝ですが、それを大量に持ち去ることも生息環境の破壊と言えるでしょう。
ガサガサは否定しませんが、その行為をする者は上記のような事態を引き起こす可能性があることを認識すべきです。 かくいう私も、ついつい夢中になって魚捕りをしていて、ふと振り返った際に、無残に草が倒れている様子が目に入りハッと我に返ったことがありました。 短期間に続けてやらない、限られた範囲内で行うなどの配慮が必要です。
ちなみに、私有地に無許可で入る、釣り針やテグスやおにぎりの袋などのゴミを水辺に捨てるなどはまったくの論外で、 うっかりと水田内の稲を倒してしまったり、あぜ道を壊してしまったりすることも是非とも避けたいものです。 また、水辺には貴重な植物も多いので、できればそれらについての知識も合わせもち、むやみやたらと踏み荒らさないようにしましょう。

生息地を公開しない

周囲の景色から場所が特定できる 最近はインターネット等で容易に情報が得られるようになりました。 机上で容易に情報が得られることは非常に便利でもあるのですが、一方で危険な面もあります。 それは、淡水魚の生息地に関する情報が容易に写真などで公開されてしまうことです。 一度公開されてしまうと、その事実はもう消し去ることができません。 淡水魚の生息地をインターネットで検索している人は意外と多く、生息地を知った人たちがその地に集まり、 淡水魚は高い採取圧にさらされることになります。 それらの中には、先述の心ない人たちがいるかもしれません。
ですから、生息地を安易に公開しないように気を付けるべきです。 特に小河川や支流、狭く限られた地域における生息地に対しては、一層気を付ける必要があります。 場所名や地図で具体的に示さず、 水辺の様子などをインターネットで写真公開する場合には、場所が特定できないようなアングルで撮影したものを使ったり、 特定できる建物などが写りこんでいる場合には、画像編集をかけてわからないようにするなどの工夫が必要です。 山の稜線、鉄塔、特徴的な建物など、場所が特定できるものはたくさんあります。 今のインターネットでは衛星写真で場所を詳細に見ることができたり、まるでその場で歩いているような映像を見ることすらできます。 ますます、慎重な対応が求められていると言えるでしょう。 ほんの少しの配慮が、水辺の生き物やその生息地の保護につながります。
逆に考えてみてください。ひっそりと豊かな生態系が維持されている貴重な水辺が、不特定多数の人たちに知られ、そこに人が押しかける。 淡水魚や水辺の生き物は高い採取圧にさらされ、傷つき、心ない人たちによりごっそり持ち帰られていく。 インターネットではいろんな人たちが閲覧していて、いろんな事態が発生する可能性があることを、心に留めておく必要があります。

安易にに放流しない

夏祭りが終わる頃、 近所の川に突然金魚が現れることがあります。その川では過去にヒレの鮮やかなグッピーがたくさん捕れて驚いたこともあります。 これまでいなかった魚が突然現れたり、日本の冬を越せない熱帯魚が捕れたりした原因は、誰かが逃がしたからでしょう。
「飼いきれなくなった金魚や熱帯魚、近所の川で捕ってきた魚たちを、殺すのがかわいそうだからと川に放流する」、 「自分が気に入った種類や珍しい種類の魚を繁殖させ、付近の川に放流する」・・・ 本人は動物愛護の気持ちでしているのかもしれませんが、上記の放流行為は決して行ってはならないものです。 飼育した魚たちはいわばペットであり、自然にいる魚とは区別すべきだからです。 また「今は少なくなっているけど、昔はたくさんいた」からといって、他の水系から持ち込んで放流する行為も行ってはなりません。 現在では遺伝子研究が進んだことで、多くの魚種で「地域ごとの独立性」が認められており、 同じ種類の魚であっても、長い時間をかけて異なった地域で独自に進化をしていることが明らかになってきています。 例えば日本のメダカは、北日本集団と南日本集団に分けられ、後者はさらに9の細かいグループに分かれることがわかっています。 しかし、これらは簡単に交雑し遺伝子が乱れてしまいます。交雑により優勢な形質が出現し、やがて分化した種が絶滅する可能性があるのです。 地域ごとの独立性を保護する上で、産地が不明な飼育魚、産地が異なる魚の放流はすべきではありません。 日本魚類学会は、放流ガイドライン を定め、安易な放流を避け、善意の放流であっても地域ごとの独立性を乱さないように働きかけています。
放流という行為が、もともとそこにあった生態系に影響を与えることは必至です。 その魚が入ったことで、補食、競争、遺伝子汚染、生息環境破壊が起こり、生態系が大きく変わる可能性があります。 今でも誤った環境保護のもとに、カムバックサーモン運動や、メダカやコイの放流がイベント的に行われています。 放流するサーモンの稚魚は、もともとそこにいたサーモンから生まれた個体でしょうか? 放流するコイやメダカは別の水系から持ち込んだり、どこかの業者から購入したものではないでしょうか? これらを配慮していない放流イベントが如何に馬鹿げているか早く気付くべきです。もともといない魚はそこにいてはいけないのです。 いなくなった魚はよそから連れてきてはいけないのです。その地域で絶滅してしまったら、どうしようもありません。 だからこそ、今の生息環境の保護が大切だと思うのです。

買わない

淡水魚は買わない 最近は日本淡水魚を扱う観賞魚店が増えてきました。 日本淡水魚の中には、熱帯魚のように美しいものや、また希少性がマニア心をくすぐるものもあり、購入したいと思う人がいるようです。 日本淡水魚に関心をもつこと、それを飼育することには賛成ですが、売られている日本淡水魚を購入することには反対です。 それは、先述の「捕りすぎない」でも述べましたが、店頭で売られている個体はトリコによって乱獲されたものである可能性があるからです。 簡単にいうと、購入行為は淡水魚の乱獲を助長する行為であり、あなたが大好きな淡水魚を購入することは、その淡水魚を危機にさらすことと同じなのです。
どうしても飼育したいのならば、購入ではなく是非自分で捕ってみてはいかがでしょうか。はじめは簡単に捕ることができないかもしれません。 でも、何度も足を運んで環境を知り、経験を積みながら捕り方を学んで、やっと捕れた魚の方が、はるかに愛着をもって飼育することができると思います。 また、魚捕りをすればその種の生息する環境に直接触れることができ、 自然から学ぶことによって飼育により適した環境をつくり、より正しい方法で飼育できます。 その他の思いもしなかった生き物も一緒に捕れて、もっと面白い水槽をつくることができるかもしれません。
これを読んで頂いている方の中には体が不自由な方など、ご自身での採取が困難な方もおられると思いますので、何が何でも絶対買うなとは言いません。 しかし、何気ない購入行為であっても、「それは淡水魚の乱獲に直結している」ということを心に十分にとめておき、よく考えて行動して欲しいと願うのです。

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